マクニール『世界史(上)』
だいぶ前から積んでいたマクニール『世界史(上)』をようやく読み終えた。正確には、だいぶ前に一度挑戦したものの(おそらくは鬱デバフによって)読み進められず挫折していたものを、思い至って最初から読み直していたのである。一応、読み終えたのは上下巻あるうちの上巻だけだから、下巻もいずれ読んで書評を書く。とはいえ、個人的に近世以降の歴史について今更概略を必要としているとは感じていないから、それはしばらく先のことになるかもしれない。
全体的な偏りについて
20世紀も後半に入ってから学術的な仕事として世界史を編纂するというのは大変なことだと想像する。原著は1967年の A World History であり、それはさらに同著者による1963年の The Rise of the West: A History of the Human Community に基づいている。特に後半(つまり訳書では下巻に当たる部分)が大きく拡充されたようである。1963年というと前年にアルジェリア戦争が終結している。ところでみなさんは映画『アルジェの戦い』を見たほうがいい。
それで、本書のポストコロニアル度が問題になるというわけなのだが、西洋中心主義という問題で見ると、標準的な歴史認識としてはこれくらいが中庸ではないかと意外と現代でも思わせるようなバランスになっていると思う。高校教科書などに比べると確実に古いことが素人目にも分かるが、古すぎて史観として役に立たないというレベルではまったくないだろう。マクニールは、なんらかの中心的な文明が起こり、それが周辺地域に文明的性質を波及させる、という形の語りを基本的に取る。これは意外と西洋中心主義をうまく避ける史観を生み出し、インドやペルシャ、イスラム世界の貢献などが丁寧に描き出される。
一方で、マクニールのそれは西洋中心の史観が印欧中心の史観に一段階拡大しただけではないかとも感じられる。つまり、遊牧民族は一貫して他者として描かれ、中国文明は一貫して扱いが小さかった。前者は原著刊行以来の中央アジアに関する研究の進展が著しいことを鑑みて許容可能と言えなくもないが、後者は言い訳が立たないように思える。中国文明はあきらかにそれ自体の巨大な影響圏を東アジアに有しており、朝貢貿易によって成り立つそれの秩序はマクニールの打ち立てようとする史観にとってこれ以上ない根拠になりそうに思える。それにもかかわらず、マクニールは古代ギリシャ社会の機微やインドの宗教などについて異様な頁数を割いて情緒的に記述しながら、漢王朝から隋王朝までの400年近くをまったく飛ばしてしまった上に唐王朝の詳細も(より西の世界との表面的な関わり以外)ほとんど書かなかった。結果として、印欧世界が文明のほぼ全てであるような、歪んだコスモポリタンな空気が全体に漂っている。特に古代ギリシャの記述は本当に長い。本当に古代ギリシャの記述が長い。こういった偏りはコロニアルかというとそうでもなく、なんだか時代の問題ではないような気がする。
内容
この類の書物に必須となる重要な指摘を一応しておいたところで、具体的な内容に踏み込んでみる。
前半(第一部)は紀元前500年までの歴史であり、印象に残るのは軍事革命をベースとした古代史観である。中東世界で軍事革命が起こるたび、周辺民族が文明世界に侵入ないし文明世界内部に動乱が起こり、それらによって時代が大きく区分されるというのである。まず第一の発明は戦車である。これは紀元前1700年前後に生じ、ただちにインダス文明とクレタ文明を滅ぼし、征服者たちは現在につながるインド、ギリシャおよび中国を作った。一方、メソポタミアとエジプトでは支配が長続きせず、前者ではアッシリア王国が、後者では新王国が再興した。戦車はその維持に莫大な資源を必要とする点で、本質的に貴族的だったとされ、次に登場する鉄器と対比される。鉄器は紀元前1200年頃に出現し、再び周辺民族の侵入を引き起こした。これは前1200年のカタストロフを鉄器そのものに帰責している議論であろう。鉄器は個人単位での強力な武装を可能とし、それによって戦闘は再び数の優劣によって定まるようになったという。同時に文明世界では、鋼鉄の製造に職人技が必要とされることから職人階級が出現し、平時の秩序においても貴族と農民の二極的構造が崩れたと論じられる。続けて、騎兵の発明によって遊牧民族がアッシリアを滅ぼし、中国に秦を起こしたとされる。
同様の議論は第二部に入ってもギリシャの内政を対象に繰り返され、重装歩兵が市民軍を生み民主主義を涵養した一方で、アテナイの海軍化は民主主義を後退させたとされる。共通するのは、各兵士が自らの装備を自ら調達して戦えるような個人主義的な軍事技術の情勢が大衆的・民主的な社会を生むという観点である。
こういった軍事革命と動乱の繰り返しは文明世界が重装騎兵を発明したことで均衡状態となり、それが最終的に騎士という階級となっていくことで中世が始まるのである。重装騎兵の発明は農耕民族のみが入手できたムラサキウマゴヤシの飼料としての性能に完全に帰されているがこれは単純化であるように思われる。しかしいずれにせよ高度な農工業の基盤がなければ維持できない大型種の馬と大規模な騎兵装備というものが存在しただろう点には説得力がある。
上巻の終盤に記述は中世に入っていく。マクニールは積極的に中世ヨーロッパを好意的に書こうとしており、この部分の記述は古代の最初の方と同じくらい読んでいて楽しい。特に1000年を回ると西ヨーロッパは急速に成長するようになり、その領域を全方面に広げるのみならず、内部にも大衆的な産業や商人階級が確立されていった過程が描かれる。一連の成長は12世紀ルネサンスとしてピークに達し、その後ゲルマンの世界こそ停滞していったものの、その勢いはイタリアでは衰えることなくルネサンス本番へと繋がっていくのだと論じられる。しかし、著者の努力にもかかわらず、この部分の記述量はそれ以前に比べてずっと少ない。やはりマクニールは古代ギリシャに分量を割きすぎであるように思われる。
終盤にかけてマクニールは中国がなぜ西ヨーロッパに遅れを取るようになったかという問題にも短く言及している。たとえばマクニールは中世の中国がすでにコークスによる製鉄産業を有していたことを指摘したり、鄭和の船団に言及したりする。しかしそれらに一貫して見られた問題は、政府の一存によって出現したり消滅したりしたことであるという。製鉄産業は政府が武器の注文をやめるとなくなってしまったらしい。一方で、ヨーロッパの記述において、マクニールは商人階級が政治力を蓄えて徴税を中心とした各種の決定事項の協議に関与するようになったことを指摘する。明の海禁と同様の政策がヨーロッパで行われようとしたら、商人や船乗りの集団の利益を重大に害するために実現し得なかっただろうというのである。これは現代の中華人民共和国について指摘される問題と驚くほど同型である。
結語
鬱病がひどかった時期は読もうとしても目が滑り続けるものだった。今も完治からは程遠い、というか鬱病に完治というものはないのではないかと(真逆の医学的コンセンサスにもかかわらず)私たち患者らは互いに囁いているわけなのだが、少なくともこれくらいの本を読んでその情報密度が濃い部分と薄い部分とを見分けられるようになったのだから嬉しい。
いかんせん密度のある本なので記述が長くなってしまった。MISCはもう少し軽めの出力物を置く場所としたかったのだが、書評一本をブログ記事とするのもためらわれるからこのままにする。